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シニア向けの玩具とオンデマンド印刷がどのように交錯し、ひとつのビジネスとなるのか。バンダイと富士ゼロックスとの提携による成功事例を紹介。
玩具メーカーのバンダイと富士ゼロックスが提携し、バンダイが発売するシニア向けの玩具の一部に、富士ゼロックスのオンデマンド技術が使われた。
商品名は「リトルジャマー」。ジャズ奏者の人形とオーディオセットで構成される商品で、人形が演奏される音楽に連動して動くことが大きな特徴だ。2万円と5万円の2系統の本体があるほか、人形やスピーカーなどに無数のオプションがある。6年前に発売を開始し、販売台数は累計で10万台近くになっている。
この商品を昨年末のクリスマスに販売する時に、一定のユーザーにオリジナルサインパネル付き「サインライト」を無償で提供する企画が組まれた。その際、そのサインパネルにユーザーの希望に応じて、任意の文字を書き入れるサービスも行った。この仕掛けが功を奏して、クリスマス商戦は成功し、目標販売台数を完売した。
一般にワンtoワンと呼ばれるオンデマンド印刷に、ひとつの新しいアプリケーションが誕生した瞬間とも言えよう。ワンtoワンは、これまでDM 専用のノウハウのように語られてきたが、より幅広い利用の可能性が、現実に見えてきたわけである。
とは言え、リトルジャマーでの成功例は、単にメーカーの商品の中に可変印刷要素を盛り込むという単純な作業でなし得たわけではない。結果が出るまでに、バンダイ、富士ゼロックスともに、これまでにないマーケティングや技術開発などの試行錯誤が伴っているのである。両者にはリトルジャマーをはさんでそれぞれの物語がある。
未開拓分野のビジネス創出が目的リトルジャマーの開発、販売を手がけたのは、バンダイ新規事業室シニアエンターテイメントチームである。新規事業室は「今までバンダイがやったことがないビジネスの創出を目的に、5.6年前に発足」(リーダー・仲山拓也氏)した部門だ。同事業室は数人ずつのチームで構成され、シニアエンターテイメントチームは大人向けの玩具がテーマとなっている。
「おもちゃは普通、テレビ番組と連動していますので、番組が終わると市場から消えてしまうものなんです。リトルジャマーの特徴としては、大人の方をきちんと捕まえて、物質的にも精神的にも、長く遊び、楽しんでいただける、定番型の商品を目指しました」。
リトルジャマーは、当初、技術先行型の商品として売り出されたという。しかし、「スピーカーからひとつひとつ楽器の音が出るとか、音と人形の動きがシンクロするといった、技術的な新しさを売りにしていたころは、新しい物好きのユーザーにしか、受け入れられませんでした」というように、発売当初は苦戦していた。
ところが、店頭でのセールストークを調べてみると、一番売っているスタッフは、ほかのスタッフとは全く異なっていたという。「機能がすごいという説明はみんなができますが、その人間だけは、『この商品の前で、夜、お酒を飲んでいる姿を想像してください』とか、『部屋を暗くして、お酒を飲んで、これだけのバンドがジャズを演奏しているシーンを想像してみてください』と言っているんです」。このように、技術優先型から利用シーン喚起型に売り方を変えたところ、順調に販売が伸びていったという。
リトルジャマーの売り方には、一般の玩具と異なる3つの特徴がある。まず、前述の「一番売っているスタッフ」とは、実はシニアエンターテイメントチームのメンバーだ。新規事業室では開発スタッフ、マーケティングスタッフともに売り場に立つのである。それにより、詳細な聞き取り調査も可能になり、その結果を売り場へ反映させることも迅速に対応できたと言える。
また、売り場も独特だ。通常の商品の販売では、いわゆる玩具店に並べる。しかし、リトルジャマーに関しては書店、レコード店、デパートなどに置かれている。この理由は「大人が何か楽しいものを探す場所を考えたら、そうなりました」ということだ。したがってデパートの場合も玩具売り場ではなく、紳士雑貨コーナーに置かれているという。
また、購入済みのユーザーは、希望すればオーナーズクラブの会員になることができる。会員になると3カ月ごとに会報誌「Live Hour」が送られてくる。これは、「通常のおもちゃですと、アンケートの回答率は2.3%なのに、30%くらいあったのがきっかけです」と言う。
リトルジャマーには専用のウェブサイトもあるが、そこを経由するよりも、会報誌に添付されている申込書による追加購入のほうが多い。ウェブが3に対し、印刷物が7の割合だという。
この理由について仲山氏は「会報誌が紙で届いて、それをめくって得る感動と、ウェブにアクセスして新しい情報を得る感動を比較すると、たぶん、若い世代でも紙から得る感動のほうが大きいのではないかと観測しています」と話す。
「ユーザーには、飾り方に工夫をされる方が非常に多いんです。人形用にステージを作るとか、気に入ったお酒と飾るとか、赤い光をあてて、どこかのジャズ・バーを再現するとか。そんな人それぞれのやり方に、うまくこのシステムが溶け込んでいるようです。オプション製品も、そういう志向に応えるものをそろえています」。
冒頭で紹介したクリスマス用サインパネルも、そうしたオプションのひとつだ。「サインパネルは、クリスマスに家でリトルジャマーを演奏させたいとか、だれかの記念日をこれでお祝いしてあげたいという方のことを考えて企画しました。今年のクリスマスにはリトルジャマーでお祝いしたいという方に、オンデマンドで名入れされた、世界でひとつしかないリトルジャマーが家に届くというわけです」。
ユーザーの「自分なりに」、あるいは「自分だけの」という心理に、この企画がフィットしたようだ。
一般に事務機メーカーが、ほかの一般商品を開発・販売するメーカーと提携するケースはまれである。それがなぜ今回は、富士ゼロックスとバンダイの提携となったのか。その事情を富士ゼロックス側から見てみよう。
富士ゼロックスには、プロダクションサービス推進部市場開発グループというセクションがある。「そこでは、私どもの製品を使ったソリューションを提供する、あるいは、マーケティング手法を使った、オンデマンドプリントを使った商材の提案などを行っています」(多田耕司氏)。同氏の場合、さらに細分化されたマーケティングを行っており、「通常の企業の販促部や、SP 企画を行う会社、広告代理店、出版社などと協業する提案を持ちかけます。ある商材、あるいはプロモーションに対してオンデマンドを使った提案をして、活用してもらいます」と言う。
こういった業務の場合、広告代理店→販売会社→メーカーなどと協業関係が遡ったり、あるいは同時にこれらの企業と協業する形となることが多い。富士ゼロックスがバンダイと提携したケースでも、出版社→バンダイ子会社・(株)キャラ研→バンダイという経路をたどっている。キャラ研は、バンダイのキャラクターのライセンシー(利用権の貸し出し)を業務としており、実際に商品企画を行うわけではない。
「広告代理店や企業の販促部など、販売促進やプロモーションを考えていただく方とお話をしているとわかるのですが、オンデマンドプリントで何ができるか、どういう可能性があるかがあまり知られていません。私どもが考えている以上に知らない。オンデマンドプリントを普及させるには、こちらから情報発信、提案をしていかないと、動いていかないだろう考えたのです」。
バンダイと富士ゼロックスの協議の中で、サインパネルで何かできたら面白い、という話になり、それが可能かどうかを富士ゼロックス側で検証することとなった。これには、同社のプロダクションサービスサポートセンターがあたった。
「当センターの役割は、営業の技術サポートです。今回の案件では、フィルム素材を使った出力物を実際の玩具の製品に応用する、というものだったので、本当に製品として活用し得るクオリティでオンデマンドプリンターから出力できるか、プリンター内部での走行性に問題はないか、トナーが定着するか、印刷位置がばらつかないか。さらに、トナーを溶かした後で、それが剥がれないか、などを検証しました」(高階真治氏)。
何度かの試行錯誤を経て、何とか既存のパネルと同等の見栄えのものができた。ただ、これに使ったフィルムが既存のサインパネルよりも薄かったので、その点が懸念された。だが、バンダイからは「いいじゃないですか、これ」「これでいきましょう」という答えがあった。
玩具には業界の安全基準があり、子供が口に入れた場合などに危険がないように、重金属の含有率を分析するといった、使用素材試験を行わなければならないが、これも無事パスした。
さらに、バンダイ独自の基準、低温や高温に耐えられるかなどの基準があるが、これもクリアした。こうして、バンダイ、富士ゼロックス、両社の提携は実現したのである。
なお、パネルを印刷した機械は富士ゼロックスDocuColor 8000 Digital Pressで、実際に印刷を行ったのは、このマシンのユーザーである印刷会社である。
(「プリバリ印」2009年5月号より抜粋)