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大震災以来、波というとそれだけで恐怖感が先立ってしまうが、DTPの波に続いた電子出版の波が本格的に日本本土にも到達しそうである。静観すると決め込んでいる印刷会社も少なくないが、デジタル化で印刷業界を引っ張ってきたアドビシステムズ社も、Adobe Creative Suite 5.5 を発表し、本格的に電子出版方向に舵を切りだしている。いよいよ印刷会社も踏み出すタイミングが迫っている。
DTPでも体験したように、はじめの一歩の差は一年たつと差が縮まるどころか二歩三歩と開くばかり、というのがデジタルの世界である。
印刷業界もその辺は経験済みで、電子出版の重要性は理解しており、70%強くらいの会社が取組みの重要性は認めているようである。しかし「標準フォーマットが決まっていないので静観したい」「必要性は理解するが、ハンドリングするための人材が不足」等の理由で二の足を踏んでいるのが現状である。
あとは「印刷は紙に刷ってナンボのもの」「印刷機が回っていて仕事をしている実感が持てる」といった印刷人特有の感情が働いているのも事実だろう。心情的には共感できるものがあるが、クライアントから見ると紙は印刷会社で電子書籍はIT業界に頼む、ということが一般化してしまったら、IT業界から印刷だけ仕事が回ってくるという下請けになりかねない。
つまり理屈ではなく、電子書籍もやるから紙の仕事も増えるのである。Webの時にそうであったように、「Webは出来ません」と言ってしまった時点で、印刷の仕事まで失ってしまうということは経験したはずだ。
しかし、印刷会社は、Webの時にはノウハウの違い、美的センスの違いで戸惑ったケースも多かったと思う。どういうことかというと、Webの場合はデータ構造やアクセシビリティが重要で、余白や文字組版、配色の美しさは軽視されがちだった。
かといって、印刷業界が先進的なIT業界に新技術で立ち向かうには困難が大きかった。IT技術というのは、半年ごとに新しいものにくるくる変わってしまうものなので、印刷業のように一つの技術を何年もかけて熟成するのとは水と油である。
だが、電子書籍の場合はデータ構造も大事だが、それ以上に紙の持っていた美しさも重要になってくる。これこそ印刷業界のノウハウ全開のポイントである。
ましてや、現状は標準フォーマットも確立していない、外字のルールも決まっていないという状態である。このような状況に対処できるのは、今まで外字で苦労してきた印刷業界を置いてはないのである。逆を言えば、標準フォーマットが固まっていないので静観している場合ではない。標準フォーマットが決まっていないからこそ商売になると考えるべきであり、データハンドリング(InDesignからのマルチユース)等で、いまこそ決定的な差を付けるチャンスである。
文字モノ以外にも電子カタログやiPadを使った商売の補助ツールが有望である。例えばマンションのオプション類の販促やサービス業等でもタブレット端末を使うことが急速に広まっている。最近では東京メトロの案内係が全員iPadを携帯して案内しているのが有名である。
東京のデジタルサイネージは節電で黒い板になってしまっているが、そんな状況でもiPadは健在という感じだ。関西は梅田界隈の再開発でデジタルサイネージ真っ盛りだと思うが、iPad等とのコラボレーションで有機的なコンテンツが西日本中心に先行することが予想される。
電子出版や電子書籍というと文庫本的なイメージしかないが、印刷業界にとって本当に脅威なのは、商業印刷分野の販促ツールや電子カタログ類なのである。そしてここで重要なのが組版ノウハウと共にカラーマネジメントノウハウである。現在のiPadでも色合わせは可能だが、近い将来ICCプロファイルに対応する可能性もうわさされている(ほぼ間違いない)。これをIT業界が理解するには相当な時間が必要で、印刷業界が差を付ける重要なポイントである。
こんな大きな波に対しての舵取りがアドビシステムズ社のInDesign CS5.5 であり、EPUBへの書出しが大きく改善されている。今までのCS5.0では、書出したEPUBをSigil等のEPUBエディターで作り直してやらないと使える代物ではなかったのだが、CS5.5ではアドビアプリだけで対処できるようになっているということだ。この辺の話を懇切丁寧に解説するのが JP2011の「JAGATカンファレンスin JP」の第一日目、12日の「電子書籍DAY」の後半セミナー「すぐわかるEPUBと電子書籍」 であり、定評ある境祐司氏にわかりやすく解説いただく。
経営的にどういう「販促スケジュールを立てれば良いのか?」「現場の人材育成スケジュールをどうするのか??」具体的にどう対処すべきなのかという点に関しては、前半の「討論:我 電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す」 で具体的に突っ込んで解説する。中西氏の歯に衣着せぬ語り口で電子書籍ビジネスの実態を浮き彫りにしたい。抵抗勢力というから単に反対しているのか?と疑問に思われるかもしれないが、中西氏は元Niftyのシスオペもされていたデジタルバリバリのプロフェッショナルである。
「印刷業界にとって、抵抗勢力に見せかけながら時間稼ぎをする必要がある」というキナ臭い話を笑いあり、涙ありで語っていただく。合わせて外字やカラーマネジメントのところも解説する。
関連セミナー
●「討論:我 電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す」
2011年5月12日(木) 13:00-14:30
中西印刷株式会社 専務取締役中西秀彦氏
●「すぐわかるEPUBと電子書籍」
2011年5月12日(木) 15:00-16:30
インストラクショナルデザイナー 境祐司氏