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Webや電子書籍の時代になっても、日本語組版の知識や品質が問われることに変わりはない。
■日本語組版の現状
DTPが日本で導入され始めた90年代中期は、電算写植が全盛であった。その当時の電算写植は、フォントの種類や文字数が豊富であり、本文組みにおける禁則処理や和欧混植、見出し処理などの組版機能も充実していた。
初期のQuarkXPressなど欧米製ページレイアウト・ソフトは、インタラクティブなレイアウト機能やPostScriptを介したオープンなプリプレス環境によるメリットが大きかったが、日本語組版では見劣りするという状況でもあった。
したがって、その当時、日本語組版への不満からDTP環境へ移行しないケースもかなり存在していた。
その後、PostScript用の日本語フォントも、徐々に種類や文字数が整備されるようになった。2000年代になるとAdobe InDesignなど精巧な日本語組版機能を備えたページレイアウト・ソフトが登場し、普及が進んだ。
昨今では、日本語組版機能や日本語フォントの不備を嘆く声は、ほとんど聞かれなくなった。
ただし、誰でも簡単に日本語組版ができる環境が出来たために、それを使いこなす人材は、「何をすべきか」「何のためにそうするのか」という疑問を持たなくなった面もある。
■Web、デジタルメディアと日本語組版
Web技術の標準化機関であるW3C(World Wide Webコンソーシアム) は、2009.6.4、テクニカルノート「日本語組版処理の要件」(英語版、および日本語版)を公開した。
このドキュメントは、W3Cが近い将来、CSS、SVG、XSL-FOなどの技術に本格的な日本語組版機能を反映させるために記述されたものであり、「JIS X 4051」のほぼ全体をカバーしている。また、日本語を理解しない海外の専門家のために、図版が豊富に例示されており、判りやすい記述となっている。
Requirements of Japanese Text Layout
W3C Working Group Note 4 June 2009
日本語組版処理の要件(日本語版)
W3C 技術ノート 2009年6月4日
(※図版の例)
このタスクフォースのリーダーである小林龍生氏は、当時、以下のようにコメントしている。
「今後、このテクニカルノートの内容は、CSSやXSL-FO、SVGなど、W3Cのテキストの視覚的表現に関わるレコメンデーションに反映されていくことになります。また、テキストレイアウトに関わる多くのシステムやアプリケーションの開発実装において、このテクニカルノートを参照することが不可欠になると思われます。」
■電子書籍への期待と組版機能の重要性
2010年1月にAppleがiPadを発表して以来、世界的に電子書籍が注目を集めるようになった。米国ではAmazonのKindleが先行していたが、それ以外にもSony Reader、大手書店バーンズ&ノーブルのNookなど各社のリーダー端末とiPadがしのぎを削る状況となっている。
電子書籍のメリットのひとつに、読者自身がもっとも快適で読み易い文字サイズへと、その都度自由に変更できることがある。読み易い文字サイズは、人によってさまざまである。電子書籍では、文字のリフローと言う機能によって印刷物では実現できない読み易さ、快適な読書を実現することができる。また、iPadでは、アクセシビリティとして文章の読み上げ機能や白黒反転機能なども標準装備されている。
文字のリフローを実現するには、ビューアー・アプリケーションがリフロー機能を備えている必要がある。すなわち、基本版面や文字サイズ、行頭行末禁則や約物の種類によって文字間隔を再計算し、微調整をおこなう組版機能である。また、読者が縦組・横組を切り替える際には、縦中横や欧文文字回転の機能も実現しなければならない。
現時点のビューアー・アプリケーションには、これらの機能は備えられていないため、今後の課題であると言える。電子書籍の規格策定を目指している団体、IDPFでは、現在EPUB2.1の策定に向けて、協議を進めており、日本語組版機能の装備も含めて検討されている。
また、W3Cのテクニカルノート「日本語組版処理の要件」は、小林龍生氏のコメントどおり、CSS3やEPUB日本語仕様でも参照されている。
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2010年5月には、日本国内でもAppleのiPadが発売された。しかし、現時点においてiPadで利用できる日本語の書籍コンテンツは、残念ながらほんのわずかに過ぎない。
また、規格策定も検討が始まったばかりであり、協議が続けられることになるだろう。したがって、コンテンツやビューアー・アプリケーションの開発は、規格の策定状況を睨んだものとならざるを得ないだろう。すなわち、日本国内の電子書籍コンテンツが充実するには、今しばらく時間がかかることが予想される。
しかし、印刷物だけでなくWebや電子書籍などさまざまなデジタルメディアにおいて日本語を扱う限り、日本語組版は重要な要素であると言えるだろう。
そして、これらのメディアに関わる者にとって、日本語の文字や表記に関する知識や日本語組版の成り立ちの知識を身につけることは、さらに重要であると言えるだろう。
(JAGAT 研究調査部 千葉弘幸)