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「電子書籍」という船が行く海の先にあるものは 記事No.#1640
掲載日: 2010年04月12日
iPad(アイパッド)(日本では4月末に発売予定)の発売を控え、今改めて電子書籍に話題が集まっている。
分かりやすい例をあげるとすると、例えば派遣切りの問題がある。派遣という扱いには不当なものが多いとして、派遣業者に対する規制が増えてしまい、その結果、一般企業が派遣を使う機会や数を減らすということが起こった。しかし、派遣で請け負って欲しい仕事が大幅に減ったということではない。ただ、派遣というルートで仕事についてもらう機会が減ったと言うことである。たとえ業者に問題があったとしても、派遣という立場でも働きたいと考えていた人々は多かった。しかし、彼等の立場は保障されず、問題は置き去りになってしまった。
また、昨年6月には改正薬事法施行され、薬局・薬店の薬剤師でなくとも、実務経験1年以上で、都道府県が実施する試験に合格した「登録販売者」であれば販売することができるようになった。しかし一方で、通販等で薬を買うことができなくなっている。インターネットで簡単に睡眠剤などが手に入るなど、ネットでモノを売る売り方や業者そのものに問題があるため規制されることになったのだが、完全に規制されてしまうと、例えば元々身体が弱く、外へ薬を買うために出歩けないような人や、山間部で薬が手に入りにくいところに住んでいる人なども、薬が手に入らなくなってしまう。確かに、業者に問題があったり、法の抜け道としてネット販売が利用されるようなことがあるのだろうが、インターネットでの販売を本当に必要としている人達には被害がもたらされている。
今話題にしている、電子書籍が生まれた背景には、まず前提としてWEBがあった。Googleなどで様々なものを検索し見ることができるというところから、本などもネットで簡単に手に入り読めると言うモデルへと成長していったのだ。これに対して、今日本国内でどのような動きが出ているかというと、各方面で様々な団体が出来上がっている。例えば、大手出版社では、日本電子書籍出版社協会というようなものを、健全な事業の発展のために設立した。雑誌関係でも団体が中心となって、その基盤を整備しようという動きが出ている。国の動きでは、文科省、総務省、経済産業省が合同で、デジタルネットワークにおける出版物の利活用として、懇談会などを開催している。これらの中での話し合いを見ていると、先にあげた派遣切りの問題や改正薬事法への対処と似たような何かを感じてしまう。
では、それが一体何であるのかというと、1つはこれらがはじまったのはAmazonやGoogleからであり、それらは今「黒船」と言われていることにある。これらの動きに対し、日本の出版業界はどうなってしまうのだろうと、対応や対策が盛んに講じられ、また著作権などの権利問題もそこに出てきており、既存のビジネスを守ると言うスタンスでそこに関わる人も増えている。そうなると、当然規制の強化という話になっていってしまうだろう。しかし、それでは果たして「日本式電子書籍」が本当に広がり、AmazonやGoogleに対抗するものになっていけるのだろうか。それはきわめて疑わしいだろう。
インターネットはグローバルな話であるため、例えば派遣切りや改正薬事法のような今までの国内の問題のように、取り上げて論じてはみるものの、もう一度蓋を閉めてしまうということはできないだろう。そうすると一体何が起こるのだろう。ややこしい手続きを経て電子書籍を流通させるよりも、WEBで情報を見たほうが早いだろうという、電子書籍そのものが国内ではいらないものになってしまう可能性が出てくる。今までの日本人のモノの考え方からすると、集まって話し策を講じると、ある意味ではこのような結末になることが多い。何故日本人はそうなのだろうと考えていると、面白い記事があった。
とある人のブログに、イタリアの大聖堂に落書きをした女子大生のニュース記事に対するに読者からの書き込みから、その書き込まれた文章をひろい、サマリーしたものがあった。その中に「平等に苦しめ、抜け駆けは許さない」といった表現があった。自分達は窮屈な思いの中で生活をしているのだから、同じような窮屈さを味わい共に苦しみ、沈没する時は共に沈没しようと言うような考え方なのだという。これは、大変象徴的なものだろう。
しかし、一方でベンチャーというのは全く逆の考え方である。例えば今までの枠組みの中で、盲点と言えるようなものを見つけその中から技術を発展させ新しいビジネスを作ろうとしている。それは、言うなれば抜け駆けをする、ということに他ならない。AmazonやGoogleもそのような考え方から生まれたビジネスなのである。これらに対抗するものを創り上げるのならば、前出の考え方では絶対に対処できないだろう。
今苦しいのであれば、そこから抜け出すにはどうすればよいのか、ということをまず一番に考えねばならない。今までのような、抜け駆けは許さないという考え方ではおそらく新しいものは生まれず、目まぐるしく変化していく状況には対処できない。結果、ベンチャー的なことには一切取り組めないだろう。足を引っ張り合い、同列に並べた中で苦しむのではなく、それを乗り越えて新しいことを考え、進んでいかなければ状況は変化していかないのである。
今後電子書籍がどのように取り上げられていくのか、またこの先どうなっていくのかを考える時、日本社会や日本人特有の物事の捉え方を理解し、その背景にあるものが一体どんなものであるかを考えていかなければならない。
分かりやすい例をあげるとすると、例えば派遣切りの問題がある。派遣という扱いには不当なものが多いとして、派遣業者に対する規制が増えてしまい、その結果、一般企業が派遣を使う機会や数を減らすということが起こった。しかし、派遣で請け負って欲しい仕事が大幅に減ったということではない。ただ、派遣というルートで仕事についてもらう機会が減ったと言うことである。たとえ業者に問題があったとしても、派遣という立場でも働きたいと考えていた人々は多かった。しかし、彼等の立場は保障されず、問題は置き去りになってしまった。
また、昨年6月には改正薬事法施行され、薬局・薬店の薬剤師でなくとも、実務経験1年以上で、都道府県が実施する試験に合格した「登録販売者」であれば販売することができるようになった。しかし一方で、通販等で薬を買うことができなくなっている。インターネットで簡単に睡眠剤などが手に入るなど、ネットでモノを売る売り方や業者そのものに問題があるため規制されることになったのだが、完全に規制されてしまうと、例えば元々身体が弱く、外へ薬を買うために出歩けないような人や、山間部で薬が手に入りにくいところに住んでいる人なども、薬が手に入らなくなってしまう。確かに、業者に問題があったり、法の抜け道としてネット販売が利用されるようなことがあるのだろうが、インターネットでの販売を本当に必要としている人達には被害がもたらされている。
今話題にしている、電子書籍が生まれた背景には、まず前提としてWEBがあった。Googleなどで様々なものを検索し見ることができるというところから、本などもネットで簡単に手に入り読めると言うモデルへと成長していったのだ。これに対して、今日本国内でどのような動きが出ているかというと、各方面で様々な団体が出来上がっている。例えば、大手出版社では、日本電子書籍出版社協会というようなものを、健全な事業の発展のために設立した。雑誌関係でも団体が中心となって、その基盤を整備しようという動きが出ている。国の動きでは、文科省、総務省、経済産業省が合同で、デジタルネットワークにおける出版物の利活用として、懇談会などを開催している。これらの中での話し合いを見ていると、先にあげた派遣切りの問題や改正薬事法への対処と似たような何かを感じてしまう。
では、それが一体何であるのかというと、1つはこれらがはじまったのはAmazonやGoogleからであり、それらは今「黒船」と言われていることにある。これらの動きに対し、日本の出版業界はどうなってしまうのだろうと、対応や対策が盛んに講じられ、また著作権などの権利問題もそこに出てきており、既存のビジネスを守ると言うスタンスでそこに関わる人も増えている。そうなると、当然規制の強化という話になっていってしまうだろう。しかし、それでは果たして「日本式電子書籍」が本当に広がり、AmazonやGoogleに対抗するものになっていけるのだろうか。それはきわめて疑わしいだろう。
インターネットはグローバルな話であるため、例えば派遣切りや改正薬事法のような今までの国内の問題のように、取り上げて論じてはみるものの、もう一度蓋を閉めてしまうということはできないだろう。そうすると一体何が起こるのだろう。ややこしい手続きを経て電子書籍を流通させるよりも、WEBで情報を見たほうが早いだろうという、電子書籍そのものが国内ではいらないものになってしまう可能性が出てくる。今までの日本人のモノの考え方からすると、集まって話し策を講じると、ある意味ではこのような結末になることが多い。何故日本人はそうなのだろうと考えていると、面白い記事があった。
とある人のブログに、イタリアの大聖堂に落書きをした女子大生のニュース記事に対するに読者からの書き込みから、その書き込まれた文章をひろい、サマリーしたものがあった。その中に「平等に苦しめ、抜け駆けは許さない」といった表現があった。自分達は窮屈な思いの中で生活をしているのだから、同じような窮屈さを味わい共に苦しみ、沈没する時は共に沈没しようと言うような考え方なのだという。これは、大変象徴的なものだろう。
しかし、一方でベンチャーというのは全く逆の考え方である。例えば今までの枠組みの中で、盲点と言えるようなものを見つけその中から技術を発展させ新しいビジネスを作ろうとしている。それは、言うなれば抜け駆けをする、ということに他ならない。AmazonやGoogleもそのような考え方から生まれたビジネスなのである。これらに対抗するものを創り上げるのならば、前出の考え方では絶対に対処できないだろう。
今苦しいのであれば、そこから抜け出すにはどうすればよいのか、ということをまず一番に考えねばならない。今までのような、抜け駆けは許さないという考え方ではおそらく新しいものは生まれず、目まぐるしく変化していく状況には対処できない。結果、ベンチャー的なことには一切取り組めないだろう。足を引っ張り合い、同列に並べた中で苦しむのではなく、それを乗り越えて新しいことを考え、進んでいかなければ状況は変化していかないのである。




